さらに,品質管理責任者は,工程のトラブル発生時の判断 意見という,工場中が注視するような重大な決断を行わなければなら ない。
被告は,品質管理責任者の業務は,主に書類に検印し,会議に 出席するだけであるのだから,品質管理責任者に就任したことをもっ て多大な精神的負担があったということはできないと主張する。
しか しながら,かかる主張は,法令上定められた品質管理責任者の職責を 余りに軽視するものであって失当である。
しかも,亡Aの場合は,B課長の後任として品質管理責任者に就任 しているところ,亡Aにはその業務を遂行する上で必要な品質管理業 務の知識や経験が不足していた。
亡Aは,品質管理責任者就任前は工 程のトラブルや製品の不具合があった場合の処置を,品質管理責任者 ないし品質管理係に任せればよかったのであるが,就任後は,自ら対 応せざるをえなくなった。
ところが,亡Aは,トラブル等の際,適切 な判断や対応をすることができなかった。
そのため,亡Aは,やむを 得ず,品質管理課の他の職員に助けを求めることがあった。
また,製 造現場の職員が,再度品質管理課に連絡を取って,別の課員を呼びだ して処理をさせることもあった。
このことで,課の内外から亡Aの対 応について批判が頻出した。
かかる事態は,ただでさえトラブル処理 がうまくできず苦慮していた亡Aの面目をますます失わせることにな り,亡Aにとってさらなるストレスとなった。
また,亡Aは従前から係長職であり,管理職(課長以上)ではなく, 部下に対する査定権限がなかったので,かかる権限を背景に品質管理 課員の協力を得ることもできなかった。
また,管理職でないことで, 亡Aには,ほかの部署の管理職との関係でも対応に苦労が伴った。
亡 A以前の品質管理責任者は管理職が務めており,同僚も品質管理責任 者は管理職が就く職務であると認識していた。
さらに,亡Aが品質管理責任者になったのは,平成8年10月であ るが,その後,平成9年3月まで,品質管理課には正式な課長がいな かった。
正式な課長が就任した後も,課長は,多忙で,品質管理課の 職務に専念できない状況であった。
このような状況下,品質管理課の 課員の中では給与体系上一番上であり,かつ品質管理責任者である亡 Aにかかる負担が否が応でも重くなっていた。
被告は,平成8年10 月以降,内部的にはC参預が,外部的にはD管理部長が課長の職務を 代行していた旨主張する。
しかしながら,C参預及びD部長は,品質 管理課の実際の業務についての課長職の仕事はしていなかった。
加えて,亡Aが品質管理責任者の業務を行うについて,品質管理課 内に協力体制がなかったばかりか,人員減の影響等を受けて各課員と も多忙であり,課内の人間関係は劣悪であった。
しかも,年下の課員 は,亡Aに対して厳しい批判や非難を浴びせていた。
被告は,品質管 理課では,各自担当業務は一応決められたが,互いに助け合って業務 を処理していた旨主張するが,かかる主張は,証拠に反する。
課とし て亡Aをバックアップする体制がなかったからこそ,Jが個人的に亡 Aの大変さを見かねて勉強会を始めたのである。
亡Aの前任の品質管理責任者であったB課長は,平成7年10月に 品質管理課長及び品質管理責任者に就任したが,その約1年後の平成 8年9月12日に倒れ,意識不明の重体となり,その後死亡した。
亡 Aの後任であるKは,品質管理係長に就任後,体調を崩して入院し, 復帰後も品質管理課の職務には復帰していない。
品質管理責任者ない し品質管理係長の職務の重責性がこれらの事実の背後にある。

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